1971年、東京生まれ。小さい頃からスポーツが好きでなんでもチャレンジし、サッカー・バレーボール・野球となんでもソツなくこなすタイプだったが、勉強も含めズバ抜けて秀でるものもなく、平凡な学生生活を送る。高校生の頃、一世を風靡していたヨコノリ系雑誌、 Fine の片隅にスノーボードの写真が小さく載っていたのを見て、運命的なものを感じ「いつか絶対にやるんだ」という予感がする。兄の影響もあり、自然とスケートボードやサーフィンにも興味を持つようになる。
21歳になり、行動範囲も広がり経済的にある程度自由になってきた頃、ついに勇気をふりしぼってスノーボード3点セット(ボード、バインディング、ブーツ)をムラサキスポーツで購入し雪山に篭る。1シーズンでスノーボードの魅力にドップリとハマり、2シーズン目以降は夏にも海外でスノーボードをするようになる。春と秋はひたすらバイトの日々。3シーズン目に周りからうまいと言われ調子付いて初めて大会にでるが、緊張しすぎて力を発揮できずに予選落ちを何度も経験する。自信を失うが、異常なほどの負けず嫌いとスノーボードに対する情熱で練習と努力を重ね、4シーズン目には少しづつ実力を出せるようになる。
その後、本戦出場こそは逃したが長野オリンピックハーフパイプ強化選手に認定される。1998年には PSA 公認のプロ資格を取得。プロスノーボーダーとして活動開始。国内外のコンテストを転戦し、99-00シーズンではJAPANツアーランキング2位、01-02シーズンにASAIAツアーランキング3位、WORLDツアーで13位まで上り詰める。また、東京ドームで行われる X-TRAIL JAM において、第1回大会、ストレートジャンプ・クォータージャンプに出場。第2回大会クォーターパイプでは、日本人予選を突破する実力者。
コンペティターとして輝かしい成績を残す一方、日本スノーボードシーンを変えた 『 ファーストチルドレン ムービー 』 の 2~5 作品にてパートを取得。名実共にシーンを代表するレジェンドライダーである。
近年では、日本を代表する スノーリゾート Mt.Naeba (苗場スキー場) のスノーボードパーク “FORCE PARK” をプロデュースし、流行発信源の場を創り上げる。また自身の夢であったスノーボードブランド “Symbol Snowboard” をプロデュース。ナチュラルでやさしい色使いで定評なデザインに加え、ライダーからの的確なフィードバックにより業界屈指の軽量かつ反発力やレスポンスに優れたボードを創り出す。
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